
江戸東京博物館(東京)
江戸東京の歴史と文化を伝える場所
- 博物館
最終更新日:2025-01-29 13:46:12
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江戸東京博物館(以下、江戸博という。)は、江戸東京の歴史と文化をふりかえり、未来の都市と生活を考える場として、平成5年(1993)3月28日に開館しました。これまで国内はもとより、海外からも多くの方々に足を運んでいただきました。
開館から約30年経過した現在、江戸博は大規模改修工事のため、2026年春(予定)まで休館しています。そのため、昨年度に引き続き、ご覧いただけない常設展示室の一部を上野の東京都美術館で展示することとなりました。
本展では、常設展示室の一部をまとめた展示を東京都美術館の第4公募展示室のロビー階と1階のフロアでご覧いただきます。おなじみの「千両箱」や「人力車」などの体験模型を中心に、その関連資料を展示します。また2階の第4公募展示室では、特集展示として開催場所である上野の歴史や移り変わる風景について、錦絵や絵葉書からご紹介します。
本展で多彩な江戸博コレクションをご覧いただき、当館の魅力や江戸東京の歴史と文化を体感していただけますと幸いです。
江戸東京博物館の常設展示室は、大きく「江戸ゾーン」と「東京ゾーン」に分かれ、20のコーナーで構成されています。本展では、「江戸ゾーン」から〈江戸城と町割り〉〈町の暮らし〉〈江戸の商業〉、「東京ゾーン」から〈文明開化東京〉と〈産業革命と東京〉のコーナーをコンパクトにまとめて紹介します。


江戸博といえば、体験模型と思う方が多いのではないでしょうか。本展では人力車をはじめ、千両箱や三輪車などの体験模型を展示します。

上野を代表する上野公園一帯は、武蔵野台地の端に位置することから「上野の山」とも呼ばれています。江戸時代には寛永寺の寺域が広がり、数多くの子院が立ち並ぶ徳川将軍家の宗教的な聖域でした。「上野の山」に対し、麓(ふもと)の低地に位置する上野山下や下谷広小路(上野広小路)は、寛永寺の門前町として繁栄しました。度重なる大火を契機に、延焼を防ぐための火除地がそれぞれに設けられると、下谷広小路は町屋、上野山下には商店や見世物小屋が軒を連ねる江戸有数の盛り場となりました。
その後、慶応4年(1868)の上野戦争によって寛永寺の大部分が焼失したことで、上野は明治政府の近代化政策を象徴する場所へと転換します。寛永寺の跡地に上野公園が開園すると、内国勧業博覧会をはじめとするさまざまな博覧会や展覧会の会場として、日本の産業や文化を発信してきました。また、鉄道敷設と上野駅の開業によって上野は交通の要所としても位置づけられ、上野山下や下谷広小路は人びとが集まる有数の繁華街となりました。
本展では上野の歴史や風景の変遷について、錦絵や絵葉書などから紹介します。時代の変化とともに移り変わる上野をお楽しみください。


歌舞伎の舞台など伝統芸能を支えるさまざまな楽器を体験してみましょう。
日時:2月23日(日・祝) 第1回 午前11時~12時 第2回 午後2時~3時
会場:1階第4公募展示室
定員:各回20名
※各開始時間の30分前に、1階第4公募展示室にて整理券を配布します。
※小さなお子様がご参加される場合は、保護者同伴でお願いいたします。
特集展示「移りゆく上野の風景」について、学芸員が解説します。
日時:2月24日(月・振休) 午後2時~
会場:2階第4公募展示室
※開始時刻までに2階第4公募展示室の入り口にお集まりください。