勝浦官軍塚

かつうらかんぐんづか

  • 史跡

太平洋の眺望がすばらしい川津海岸の高台に官軍塚があります

明治新政府と旧幕府勢力との間で戦われた戊辰(ぼしん)戦争で、旧幕府の海軍副総督榎本武揚(えのもとたけあき)は徳川恩顧の武士団を率いて北海道に渡り、函館の五稜郭(ごりょうかく)に立てこもりました。明治新政府から鎮圧を命ぜられた津軽藩主・津軽承昭(つぐあきら)は五稜郭を攻めますが、激しい抵抗を受けて、苦戦に陥ってしまいます。これを知った承昭の実兄で熊本藩主の細川韶邦(よしくに)は、明治2年1月2日、藩士約350人を軍艦に乗せ、横浜港から援軍を送りました。しかし翌3日の夜、勝浦沖で暴風雨に遭(あ)い船は沈没。乗組員は荒波の中に投げ出されてしまいました。勝浦の村人たちは、総出で救助にあたりましたが、200余人が犠牲になりました。 このときの遭難者を埋葬供養したのが官軍塚で、県の史跡に指定されています。官軍塚には、熊本藩士と同郷の俳人中村汀女(ていじょ)が往時をしのんで詠んだ句碑や、歌人斎藤茂吉の歌碑があり、また初夏にはアジサイも咲きそろいます。

勝浦官軍塚
勝浦官軍塚
勝浦官軍塚
勝浦官軍塚
2008-4 官軍塚説明
勝浦官軍塚
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勝浦官軍塚

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勝浦官軍塚の地図・アクセス

場所
千葉県勝浦市川津1394
交通アクセス<公共交通機関>
JR外房線勝浦駅から歩いて20分

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最終更新日時:2017-05-19 13:52:15
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